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まとまった考えが浮かんだら書いています

2012-01-01から1年間の記事一覧

シャドー・イン・ライト ライト・イン・シャドー

言葉というのは面白い。「影」という言葉には「光」という意味もある。「星影のステラ」というジャズのスタンダードナンバーがある。思えば、ものに光が当たれば影ができる。光と影は常にセットだ。どちらかだけを取り出すことはできない。磁石のN極とS極の…

本を読んで分かるとは

理系の専門書を読んでいて思う。本を読んで読み手が理解できる内容とは、書かれた事柄に関して本の著者が理解した内容である。また、本を読んで読み手が内容を理解できるためには、本の著者は自分が理解した内容を明解かつ論理的に説明している必要がある。…

アルド=チッコリーニの2012年京都公演

我々の経験の価値というものは、そのときすぐには決められない。そういう類の極めて貴い経験というものが存在する。未来が過去を解釈する。そんなことを最近思っている。もちろんあることを経験したときに、何らかの感想を持ったり、良かった・悪かったとい…

考えたこと

しばしば言われるように、出会いは不意に訪れる。古本屋に立ち寄って、ドフトエフスキーの短篇集を見つけた。前期と後期の二冊あり―――ともに絶版になっているようだが―――長編しか知らなかった作家の本で珍しいので、両方買うことにした。前期の方に載ってい…

Debussy Preludes

我々は美術館で絵を前にしたとき、反射的にその絵の作者や題名を見てしまう。ある美しい絵を見て、それだけで納得することは稀だ。そして、例えばその絵がルーベンスの絵であったら、やっぱり、と思うし、無名の画家の絵であれば、そうなんだ、でも美しいこ…

学校での教育に不満があるとしたら・・・

私は学校教育に不満があるとしたら、それは―――詰め込み教育や逆にゆとり教育にではなく―――芸術教育と体育教育に対してかもしれない。なぜかというと、そこではほとんど「方法論」というものを教えてくれなかったからだ。体育では(私はからっきしだめだった…

本物の絵画の何がよいのか?

本物の絵画の何がよいのか。私は美術館の展覧会を見終わった後に売店で画集を眺めていると、必ずと言っていいほどがっかりしてしまう。先程見た絵画の生々しさが全然戻ってこないからだ。つまり、本物の絵画はまず、単純ながら、色、タッチという美的次元で…

なぜ絵画を見るのか、音楽を聴くのか

私は、美術本を眺める(読む)のが好きだ。しかし、虚無感。美術本を眺める(読む)というのは、結局何がしたいのか。あるいは、音楽。音楽を聴いて、あるいは自分で弾いてみて、一体何になるというのか。 ふと考え付いた。芸術に触れたいというのは、芸術家…

世界滅亡について見た夢

こんな夢を見た。 母親がガラス板についた無数の水滴を指でぬぐいながら、生命はここから生まれたのよ、と言った。 友人と山を登っていると、いつの間にか日も落ちて、空も暗くなってきた。星々が見えてきた。少し雲に隠れていた。遠くの方の空が赤くなって…

伴奏のコツ

木村敏さんが伴奏のコツについて、「歌い手の音とピアノの音とを合わせようとせずに、おたがいの音と音とのあいだで、いってみれば音のない空間で気持ちを合わせる、ということである」と書かれていた。アンサンブルで合わせをするときは、相手の「音」に合…

難しいものはありがたいか?

難しいが理解するに及ばない、重要でないものもあるだろう。ゲーテ「知るに値せぬものや、知り得ぬものに携わることによって、学問は非常に阻止される。」

読者がいてくださるとしたら読者の方へ

日記ということで始めたこのブログですが、方針としては日々私が自分で気付き、納得したことを書き留めることにしています。これは本来私だけにとって有益なものですが、私に有益なら他の人が読んでも面白がる人はいるかも知れないと思うことにして、書いて…

国語が苦手な人への方法論 そして音楽、絵画への応用

論文を要約せよ、という課題に取り組んでいるときに、文章の「読み方」を意識することの重要性に気付いた。さらには、なぜ私は国語の試験が全然できなかったのか、分かった気がした。それはこういうことだ。「要約せよ」と言われたら、普通は全体の論理展開…

時間の使い方について 熱力学の発想

集中できる時間と、散漫に過ぎる時間がある。その「散漫に過ぎる時間」をもっと有効に使えないかと思うかもしれないが、それはどうやらできないらしい。熱力学で、熱力学の第2法則というものがある。これから導かれる結果を簡単に言ってしまえば、仕事をする…

初めてのジャズピアノ・ソロコンサート

フィリップ・ストレンジさんのジャズピアノ・ソロコンサートを聴いた。京都のとある一角、隠れ家のような地下空間(そういえばDresdenでもこういう場所でカフカの「変身」の舞台を見に行ったな。禿げた男(グレーゴル・ザムザ)と箪笥だけ。地元民とドイツ語…

ベルリンで出会った桂離宮

建築家のブルーノ・タウトが桂離宮を絶賛し、日本美の再発見をしたことは、おそらく我々にとっても「自国文化の再発見」であった。坂口安吾に言わせれば、「タウトが日本を発見し、その伝統の美を発見したことと、我々が日本の伝統を見失いながら、しかも現…

意味が分かって楽譜の音を鳴らせているのか

数学者の岡潔が「いま、たくましさはわかっても、人の心のかなしみがわかる青年がどれだけあるだろうか」と書いていたが(『春宵十話』)、もし悲しみを分かち合える友がいたら、それは深いと思う。最近ブラームスの3つの間奏曲作品117を弾いている。これを…