メモノート on Hatena Blog

まとまった考えが浮かんだら書いています

高橋悠治 ピアノリサイタル 2017年2月24日

19:00~ 浜離宮朝日ホール http://www.asahi-hall.jp/hamarikyu/event/2017/02/event704.html タクシーの運転手との会話。 「朝日新聞の本社までお願いします」 「へえ、これからお仕事ですか」 「いえいえ、浜離宮朝日ホールに行きたいんです」 「お安い御…

イーヴォ・ポゴレリッチ ピアノリサイタル(2016年12月10日、サントリーホール)

2016年12月10日、サントリーホールで、イーヴォ・ポゴレリッチのピアノリサイタルを聴いた。 概要 http://www.kajimotomusic.com/jp/concert/k=540 プログラム ショパン: バラード第2番 ヘ長調 op.38 : スケルツォ第3番 嬰ハ短調 op.39 シューマン: ウィ…

理系の学問だからといって役に立つわけではない

詳しく知っているわけではないが、ざっくり言うと、大学の文系学部が縮小される方向にあるらしい。 たぶんこういう動きの背景に、理系の学問は役に立つが、文系の学問は役に立たない、という見方があるのだろう。しかし、それは本当か。私は、そういう考え方…

宗教について

宗教とは、本来は「真理に対する畏怖」のようなものであって、体系や教義ではないと思う。少なくとも、私にはそのような考え方が最も納得できる。体系や教義だけを信じるというのは、どこかでだまされている気がする。その意味で、私には、日本古来の自然崇…

悩ましいこと

人間というのは、頭から先にやられる。 実際にやってみると、案外楽しくできるものだ。 あれをやらなければ、と想像してしまうことが、苦痛なのだ。

出家について

出家とは精神的なものである。 生活については、完全に自立することは困難で、どこかで人と助け合い、社会に入らざるを得ないから。 だから、お寺に籠らなくても出家はできる。

メールやLINEについて気になること

1、 人と人が同じ時間を共有して話すというのは、緊張感を伴うものである。 相手の言ったことを聞いて、その場で内容を理解し応答しなければならず、集中力や瞬発力を要求されるからである。 メールやLINEは、人と人が同じ時間を共有して話すよりも集中力や…

現代文の試験提案

現代文の試験は、以下の2つでよいと思う。 1、本文の要点は何か簡潔にまとめよ。 2、本文を読んで面白いと思ったところはあるか。あるいは著者の主張に反論があるか。理由とともに述べよ。 なぜかというと、文章を読んだあとに訊かれたり、報告を求められ…

英語 語学教育 意義

1 英語!英語!と言うことに対して嫌悪感を覚えるのは、ひとつは自分がいつまでたっても英語ができるようになったとは思えないことに対する自己嫌悪でもあるのだろうが、確かに英語を勉強するというのはつまらない。手段が目的になっているからだ。英語でし…

何語のMozart?

Mozartのオペラばかり聴いている。Mozartのこのピアノ曲は、イタリア語なのだろうか、ドイツ語なのだろうか、などと考えてみるのも面白い。

電子ピアノでフォルテピアノ

電子ピアノで、A=430Hzに、ブリリアンスをMaxにすると、フォルテピアノのような音になる。Mozartをいくら弾いても飽きない。 本物のピアノと比べれば電子ピアノは…という固定観念から抜け出し、電子ピアノは「電子ピアノ」という楽器だという視点に立ち、何…

解釈

なぜ解釈が必要なのか? 理解するため? 理解するとはどういうことか? 理解しないと楽しめないのか? カフカの小説を読んで。

言葉のふしぎ

「檄を飛ばす」とか、「姑息な手段」とか、「助長」とか、いわゆる用法を誤りやすい言葉というのがある。これを、本来の用法ではないやり方で使うことに対して、日本語が乱れているとか、基礎学力が身についていないとか言うのは容易い。しかし、私はそんな…

反復について

反復は、人生における恐怖の1つか。生きるとは毎日を反復することだ。そしてそれが倦怠となるか、ならないか。反復は、オリジナリティー崇拝に対するアンチテーゼか。毎回違うことを目指すのではない。反復の中に生じる微妙な差異を感じるか。そこに無限の深…

人間はだましだまし生きる存在

人間は常にだましだまし生きている存在である。そうしないと身が持たない。真実はもっと恐ろしい。なぜだましだましで生きていけるのかというと、おそらくみんながそうだからだろう。 真実を直視するものは狂気にとらわれるに違いない。歴史上の偉人たちはそ…

動作の習熟と無駄

どれくらい動作に無駄が入っても大丈夫かどうかが分かったときに、その動作が出来るようになったと感じる。はじめは肩が凝る。すべてをきっちりやらないといけないと思うから。これは要するに手の抜きどころが分かるということだが、単なる手抜きのことを言…

「習うより慣れろ」の真実?

我々が根本的な事柄を理解したと言うとき、それはただ「慣れた」だけであって真の意味で「分かった」と言えることは多くはないのではないか。 例えば、中学生に負の数を教えて「分かって」もらうのは難しい。我々はもう負の数に「慣れて」いてそれを当然だと…

最近のメモ帳から

しばらく何も書いていませんでしたが、アクセス解析を見ると、意外にも毎日5-10人くらいの人がこのブログを訪問してくれているようです。感謝します! しかも、Yahoo!検索で引っかかって来る人が最も多いという意外な事実。検索といえばGoogleだと思っていた…

分析的知識の意義について ~オカルトについての私の考え~

岡田暁生氏の『音楽の聴き方』(中公新書)は、「音楽の少なからぬ部分は語ることが可能である」という立場で、音楽を聴くという行為に対して徹底的に踏み込んだ記述をしているわけであるが、その際岡田氏は以下にあるような小林秀雄の考え方に対して、「も…

音楽は言葉で語れるか? ~分析と直観について~

音楽を言葉で語ることについて考えてみたい。 初めに言っておくが、音楽を完全に言葉で語ることはできないはずである。もしそれが可能ならば、音楽は必要ないからだ。しかし、だからといって、音楽は言葉で語れない、ただ感性の趣くままに捉えるだけだ、と考…

ヴァレリー・アファナシエフ ピアノリサイタル 2013年6月23日 びわ湖ホール

これが真のロシアピアニズムなのか。アファナシエフの本領はここにあったのか。圧倒的な演奏だった。 〈プログラム〉 ドビュッシー 前奏曲集第1巻 雪の上の足跡、沈める寺 プロコフィエフ 風刺Op.17 第2番 間のびしたアレグロ ショスタコーヴィチ 24の前奏曲…

古管尺八のCD 能 武満徹

私の持っている尺八のCDがとにかくよい。 浜松市楽器博物館 コレクションシリーズ6 古管尺八1 ~音の表情~(CD) http://www.amazon.co.jp/%E5%8F%A4%E7%AE%A1%E5%B0%BA%E5%85%AB1~%E9%9F%B3%E3%81%AE%E8%A1%A8%E6%83%85-%E6%B5%9C%E6%9D%BE%E5%B8%82%E…

科学が悪いのではなく、科学がどういう性質のものか分かっていないのが悪いのだ

小林秀雄の「科学する心」(You Tube) https://www.youtube.com/watch?v=X2ZA6x9fFtk 科学が悪いのではなく、科学がどういう性質のものか分かっていないのが悪いのだ。科学では何ができるのかを理解し、それをうまく使うことだ。 科学的内容を単に分かり易…

将棋電王戦について コンピューターは新しいことを考えることができるのか?

将棋のプロとコンピューターソフトが対戦する「電王戦」が話題となった。結果はコンピューターソフトの3勝1敗1分。コンピューターソフトの性能の高さを印象づけた。 この結果をどうとらえようか。朝日新聞(2013年4月23日)には、プロ側の視点として「現代将…

対称性のある図形は何かがつまらない

対称性と群論(数学)についての勉強をしている。対称性のある図形というのは確かに美しいのだが、何かがつまらない。勉強をしていてふとそう思った。 小林秀雄は『モオツアルト』の中で、均整とそれを破ることについてこう書いている。「誰も、モオツアルト…

理系と文系についての偏見

1、理系イメージ・文系イメージは偏見 理系・文系という区分は世間で一般的である。その区分に付随して、理系のイメージ・文系のイメージというものが存在する。例えば、竹内薫(著)・嵯峨野功一(構成)『理系バカと文系バカ』(PHP新書)では、世間一般…

先生の教えてくれたことをそのまま信じるな

先生がこうだと教えてくれたことをそのまま信じてしまうことがある。ここで思考停止している。先生の言ったことはかなりの確率で正しいとしても、自分でもっとよく考えて判断すべきである。あるいは、先生の言ったことは結果的に正しくとも、結論に至るプロ…

アジア人同士で話すときに英語が大事

英語ができないと馬鹿にされる、と思ったのは、ネイティブと話した時ではなく、同じアジア人同士で英語で話したときだった。これは私にとって意外だったが、よく考えるとそう感じたのは間違いではなかった。海外旅行でたまたま会った中国人の学生と一言二言…

クラヴィコードの不思議な演奏会

京都の「カフェ・モンタージュ」の演奏会で、クラヴィコードという楽器の演奏を聴いた。クラヴィコードは、ざっくりと「昔のピアノ」のひとつだといっていいと思うが、とにかく出る音が小さい。その音は、照明を落とした半地下の会場で、演奏者をじっと見つ…

酒は酔いを、珈琲は覚めをのみ楽しむものかは

私の考えでは、お酒や珈琲は味がおいしいから飲むのであって、決して「効果」を楽しむものではないのだ。吉田兼好をもじれば、「酒は酔いを、珈琲は覚めをのみ楽しむものかは」。