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メモノート on Hatena Blog

まとまった考えが浮かんだら書いています

「習うより慣れろ」の真実?

我々が根本的な事柄を理解したと言うとき、それはただ「慣れた」だけであって真の意味で「分かった」と言えることは多くはないのではないか。

 

例えば、中学生に負の数を教えて「分かって」もらうのは難しい。我々はもう負の数に「慣れて」いてそれを当然だと思っているから、なぜ中学生に「分かって」もらえないのかが分からない。しかし我々も実はそれを「分かって」いるわけではないのではないか。

 

昔からある根本的な問題は、一般に解決されたと思われているものでも、決して解決されたわけではなく、問題をすり替えているか、あるいは表現を変えただけで、結局何も解決されたわけではないのではないか。たとえ、問題をすり替え、表現を変えるごとに、真理に少しずつ近づいているとしても。物理学の「エーテル」と「場」。「神」を死なせたニーチェの「運命愛」。

 

ゲーデル不完全性定理を思い起こす。人間の思考という公理系では解き明かすことのできない定理がある・・・?

 

「習うより慣れろ」というのは、意外に、かなり真理を言い当てている言葉なのかもしれない。