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まとまった考えが浮かんだら書いています

空想対話―――カフェでゲーテと小林秀雄に話を聞く

大学生:

というわけで、食堂の帰りに久しぶりに博物館に行ったんですね。ちょうどジョルジュ・ヴァザーリの建築に関する展覧会をやっています。こういうのは会期がいつの間にか終わっていることが多いので、気付いたときに行っとかないとと思って……。その特別展は2階でやっているのですが、1階は常設展で、いろんなフィールドワークの成果が展示してあるんです。もう何回も見たんですけどね。久々に見ても面白い。特に感動したのがフタバガキの種で、柿の種(商品名じゃないほうですよ)ぐらいの大きさの種に羽が2枚ついていて、ちょうど羽子板の玉みたいになっているんですね。実に面白い形です。たぶん種を遠くに飛ばそうと進化していってああいうふうになっていくのかと思いますけど、自然って実に多様で不思議で美しいですよね。葉っぱなんかでもよく見ると美しいですねえ。こういうの見ていると、もうありのままの自然に感動できればそれでいいのではないか。自分で変なものを拵えて研究みたいのしたってしょうがないんじゃないか、とふと影が差すようなときがあるんですが……。

 

ゲーテ

そうだな、人間の到達し得る最高のものは驚きだと思うね。もし根本現象によって驚かされたら、それで満足するがいい。それ以上のものは与えられない。またそれ以上のものを背後に求むべきではない。そこに限界がある。しかし人間は根本現象を見ただけでは通例満足しない。なおもっと先に行かなくてはと考える。鏡の中をのぞくと、すぐ裏返して、裏側に何があるか見ようとする子どものようなものだよ。

 

大学生:

驚き……。実に深い思想ですね。それから他にも、見事な蝶の標本とか鳥の剥製とかが置いてありましたよ。それから、日本とその周辺の大陸や海底の凹凸を再現した縮小模型がありました。日本の東にあるプレートというか海溝というかが凄まじかった。日本列島よく無事だなというぐらいの深さと大きさです。地球のダイナミックさはすごいです。ちょっとミルクティーを。

 

でも思うんです。自然は確かに美しい。しかし、それで満足するというのは、ただ今あるものに安住しているだけなのではないか。それを楽しんでいるだけというのは生き方としては甘いのではないかということです。何か新しいこと……学問において新しいものを生み出すということについて……

 

小林秀雄(以下「小林」):

学問が好きになるということは、たいへんなことだと思うね。好きになることがむずかしいというのは、それはむずかしいことが好きにならなきゃいかんということでしょう。やさしいことはつまらぬ、むずかしいことが面白いということが、だれにでもあります。

 

大学生:

あることを知って感動したら、それより難しいことを知りたいという……。

 

 小林:

ヨーロッパの大学は、四年間大学にいれば卒業証書が貰えるという仕組には出来ていないでしょう。資格を得るのには何年かかるかわからない。また何年かけてもよい。

 

 大学生:

私のところはどうだか知りませんが。

 

小林:

学問は非常にむずかしい。どうしてもむずかしいことをやりたいと願う人だけが学者の資格を取れるんだな。

 

大学生:

なるほど、今ある知識に満足せず、面白いと思えばもっと先に進めということですね。力強いお言葉ですけど、小林さん大変に厳しいですね。ミルクティーをもう一口。

 

でもやっぱりそうはいうものの、新しいことをやるのはなかなか難しいですね。科学研究ってなんだろうか……。今私が研究しているようなことが本当に有用なことなのか、ということがまだ見えないですね。現代ではいろんな問題があって他にもっと大事なことがあるのに、毎日こんなに電気を使って、ゴミをいっぱい出して、一体何をしようというのかということですよ。畢竟すると、自分が卒業するという名誉のためにやっているのだろうか……。だから、極めて浅はかな印象に過ぎないのかもしれませんが、漠然とした葛藤があるんです。ともかく、やはり私は生きている限りでは、何かに驚く、感動するということを求めたいですね。

 

ゲーテ

各個人に、自分をひきつけ、自分を喜ばせ、有用だと思われることに従事する自由が残されているがよい。けれども、人類の本来の研究対象は人間だよ。

 

そういえば、ヘーゲルがこんなことを言っていたよ。弁証法の本質とは「だれの心にも宿っている矛盾の精神を法則化し、方法論に完成したもの以外の何ものでもありません」とね。

 

大学生:

つまり、こういう心の葛藤は誰にもあって、そこから各人が止揚して乗り越えていかなければならないということなんでしょうか。やっぱり何事も一回は深く取り組んで、苦しんでみないとだめですね。そうでないとなかなか見えてこない。自分が向いているかいないかも分からない。

 

ゲーテ

そうそう、いかにして人は自分自身を知ることができるか。観察によってではなく、行為によってだよ。君の義務をなさんと努めよ。そうすれば、自分の性能がすぐわかる。君の義務というのは、つまりはその日その日の要求だよ。

 

 大学生:

自分で自分の課題にしっかりと取り組めと。

 

ゲーテ

いろいろ研究してみたところで、結局自分で実際に応用したものしか、頭にのこらないからな。

 

それに、仕事の圧迫というのは心にとってきわめてありがたいものだよ。その重荷から解放されると、心は一段と自由に遊び、生活を楽しむ。仕事をせずにのんびりしている人間ほどみじめなものはないな。そんな人はどんなに美しい天分もいとわしく感じるものだよ。

 

 大学生:

……やっぱりゲーテさんは人生の達人だという気がしてきました。お二方、どうもありがとうございました。そういえば博物館の2階の話をするのを忘れていましたが、今度晩御飯を食べに行った時にでも。それではまたよろしくお願いします。

 

 

 

ゲーテ小林秀雄の発言はすべて以下の文献からの引用。ただし文脈に合うように発言の語尾や呼称などを変更したところがある。

ゲーテ格言集」(高橋健二編訳 新潮文庫

ゲーテとの対話」(全3冊)から(上)(下)(エッカーマン著、山下肇訳 岩波文庫

「人間の建設」(小林秀雄岡潔 新潮文庫