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メモノート on Hatena Blog

まとまった考えが浮かんだら書いています

ベルリンで出会った桂離宮

 

建築家のブルーノ・タウト桂離宮を絶賛し、日本美の再発見をしたことは、おそらく我々にとっても「自国文化の再発見」であった。坂口安吾に言わせれば、「タウトが日本を発見し、その伝統の美を発見したことと、我々が日本の伝統を見失いながら、しかも現に日本人であることとの間には、タウトが全然思いもよらぬ距(へだた)りがあった。すなわち、タウトは日本を発見しなければならなかったが、我々は日本を発見するまでもなく、現に日本人なのだ。」(『日本文化私観』)

 

日本人にとって、日本の文化は、文化というよりも生活の一部であるから、案外「文化」として客観的には認識されにくいようだ。他国という「鏡」を通じて、自国の「姿」を知る、ということだろうか。私は最近いくつかこのような経験をした。

 

冒頭に挙げた桂離宮だが、実は私も他国という「鏡」を通じて桂離宮を再発見した一人である。BerlinBauhaus Archiveで偶然出会った、石元泰博の追悼写真展”Katsura Imperial Villa. Photographs by Ishimoto Yasuhiro”がそれだ。Bauhaus Archiveの展示を一通り見終わってからその特別写真展を見たのだが、とにかく驚いた。バウハウスの幾何学的デザインと桂離宮の写真がそっくりだったからだ。展示と私の記憶によれば、桂離宮を訪れたグロピウスもその「現代性」に魅了され、「我々のやりたいことがすべてある」というようなことを言ったという。もっとも、そのとき見たBauhaus Archiveの展示品が、実は桂離宮の影響を受けたものだったのか、あるいは独自の発展によるものだったのか、私は詳しくは知らない。しかし、日本に元々あったものが、実は最高に現代的であった(ヨーロッパ人にとって)というのは、捨てるにはもったいない面白さである。遠く離れたベルリンで日本(京都!)の文化に出くわし、ドイツ人に交じってまじまじと展示を眺める自分が不思議であった。桂離宮には近々足を運んでみようと考えている。

 

 

“Katsura Imperial Villa. Photographs by Ishimoto Yasuhiro”:

http://www.bauhaus.de/259+M52087573ab0.html

”katsura ishimoto”“mondrian”で画像検索すると面白い。